追体験を演出するということ - 「スマイルプリキュア!」第19話より

スマイルプリキュア!」第19話の境宗久さんの演出が素晴らしく、何度観ても涙腺にくるので、今回はその話を。


今回の第19話は本作の中では珍しく5人でのイベント等ではなく(名前の由来をきくというイベントではありますが)、
やよい個人にフォーカスした話で、演出的にもやよいに感情移入をしていくものでした。
「やよいが父との思い出を取り戻す」という体験がクライマックスに配置されており、
それに向けて映像と音楽(音響)で道筋を作って盛り上げていく演出が印象的でした。
では、その両面から今回の演出について迫ってみましょう。



・音響面から


「父の日」にちなんだ今回は6月の話なので、梅雨という時季を活かして雨等の環境音がまず印象的に響きます。
こうした環境音はやよいの心象とリンクするものであり、また視聴者に対してBGMのかかるシーンとの対比を印象づけるものでもあります。
BGMのかかるシーンのうちには、「やよいの父がもう亡くなっていると判明するシーン」、「父がやよいについて話していた事を母から聞くシーン」と、やよいの父に関する「情報」が印象づけられるシーンで用いられるものがあります。
やよい以外の4人に関しては、「親との関係を見せるシーン」と「やよいを元気づけるシーン(やよいが自分の胸の内を語るシーンでもある)」でBGMがかかりますが、名前の由来に関するシーンは今回の話の中では枝葉に当たる部分なので、環境音メインで扱われます。
このように、今回はやよいを中心とした話として重要な情報をしっかりと整理するような音響演出がなされています。
そしてクライマックスではやよいの心象に合わせた長尺のBGMを持ってきて、やよいの記憶がよみがえる体験を視聴者に追体験させます。
シーン最後までBGM一曲で引っ張るため必殺技時にもかかってくるので、バンクが雰囲気に合わせた表情になっていたのがまた凝っていましたね。


ちなみに東映アニメーションでは元々が撮影所だったこともあって、各話演出の監督としての権限が強く、
音響監督制度ではなく各話演出がその役割を兼ねており(録音担当の方の助言もあるようですが)、
今回の音響は演出の境さんのこだわりが強く感じられました。



・映像面から


映像面でも、先述のようにやよいに感情移入して、彼女が父との記憶を取り戻す瞬間を追体験させるプロセスが行われています。
まずOP前のアバンからやよいが所在なさげに自分の手を見つめる、彼女の主観カットが入ります。
その後のタイトル明けの黄瀬家のシーンではやよいの顔をすぐには映さず、視聴者の意識をやよいに向けさせます。
先の音響面と絡めると、そのシーンでやよいがアップになった直後にBGMがかかり出すのもポイントですね。
キャラへのズームインも今回はほとんどやよいに使われており、彼女が回想しているということを視聴者にも感覚的に伝えています。


クライマックスの追体験に向けての映像の伏線ともいうべきカットも多く、父との思い出を探るようなやよいの回想カットや
やよいと父が過ごした部屋や街(蓮の池や公園等)のインサートカットが、記憶が戻る前と後で同ポジションのカメラアングルとして対応したものになっているのが特徴的な部分ですね。
やよいが日常の中から消えかけていた父を思い出す話なので、彼女の日常である部屋や街の風景を視聴者にも分かってもらう事は大事なのだろう、と。


そして今回、クライマックスへの助走のように用いられているのがズームアウトです。
使われている場面としては、
1)OP前アバン、あかねとなおのリアクションカット(アバンからこうした動きを提示)
2)やよいの回想、影の落ちた教会が出てくるカット
3)やよいが父の日に贈ったプレゼントの手紙が映るカット
4)やよいが思い出の場所を思い出して口に出すカット
5)ウルフルンが天井からアカンベェの素材になる折り紙を見つけるカット
といった辺りですね。
背景がどんどん引いていって教会へ向かって大きくズームインするクライマックスのカットとは逆の動きを重ねることで、かえってそのクライマックスを強く印象づけていると思います。


また、ピースが思い出の場所に来ていたことに気づくシーンでのレンガの道を映したカットにおいて、
最初の道を滑るカット(ウルフルンのバッドエンド空間の色彩)ではズームアウトに対応した外へ向かうような↓方向の動きだったのが、
思い出の場所だと気づいた後のカットでは思い出の通りの色になり、ズームインに対応した前へ向かうような↑方向へと動き出すといった変化を見せているのが、ちょうど前述したズームアウトのカット群とクライマックスのズームインへの橋渡しとして機能している形になっています。
その思い出の道が動き出すと共にBGMがかかり、父と幼い自分の手(父との思い出)が現れる……といった流れで一連のクライマックスへと向かっていきます。
クライマックスは、BGMの一音一音に合わせて父との思い出のカットが刻まれ、ここ一番というフレーズに合わせて教会へのズームインへ……。


といったように、やよいへの感情移入をしっかりとさせる音響と映像の一貫したプロセスで以って、
単にストーリーをなぞるだけではない、彼女が父との思い出を取り戻す瞬間を感覚的に追体験させてくれる良い回でした。



・おまけ


今回の演出担当である境宗久さんは前作「スイートプリキュア♪」のシリーズディレクターもされていましたが、
今回の「父と娘」の話はキュアミューズのそれを連想する部分もありましたね(殴れない、とか)。
各家庭ややよいの母の職場等日常風景を描きつつも思い出の場所が洋風なのもどことなくメルヘンな街が舞台だった「スイプリ」っぽいなと。
音響面に関しては、流石音楽がテーマの作品をやっていた境監督といったところですね。